「万智の交遊録」第35回は、漫画家の一条ゆかりさんです。
一条ゆかりさんのこと

一条ゆかり──この名前を持つ人と、私は人生で二度出会うことができた。
最初の出会いは、もちろん漫画家の「一条ゆかり先生」として。小学生のときに愛読していた「りぼん」に、その名前をみつけると、胸が踊った。『風の中のクレオ』や『デザイナー』を、むさぼるように読んだことを覚えている。
宿題もすんで、夕ごはんも終わって、あとは「りぼん」だけ……そんな夜は、なんともいえない、甘く幸せな気持ちになったものだった。
二度目の出会いは、友人の友人である「一条ゆかりさん」として。私の友人にユキさんという編集者がいて、彼女が一条さんと大の仲良しということで、なんとなく、一緒にゴハンでも食べましょう、という話になった。数年前のことだ。
まさに少女漫画の世界から抜け出たような、華麗な雰囲気を持つ女性だった。ウェーブのかかったロングヘアーに、大人っぽいモダンなメイク。黒のぴったりしたストレッチ素材のワンピースは、女の私でさえ、胸の谷間に目がいってしまうセクシーなデザインである。
漫画家というと、迫りくる締め切り、不規則な生活、仕事場にこもりきりの日々……というイメージがあって、勝手に、もっとやつれた感じのかたを想像していたのだが、その予想は、いきなり裏切られた。
さらに、話をしていくうちにわかったのだが、ゆかりさんは見た目だけでなく、気持ちも非常に若い。自分が小学生のときに、すでに活躍していた人とは、とても思えない(といっても、彼女は高校生のときにデビューしたわけですから、そんなに年の差はひらいていません、念のため)。
いきなり本音の、愉快なお酒だった。私は、ずばずばモノを言うタイプの女性が好きなので、ゆかりさんの話は、聞いていてほんとうに飽きない。恋愛好き、という点でも意気投合した。ただし、恋愛観は、かなり違うようだったけれど。
後日、ユキさんから聞いたところによると、ゆかりさんも、私のことを気に入ってくれたらしい。その理由は「私を、恐がらなかったから」──人は彼女の、何を恐がるのだろう。
思ったことを、なんでもずばずば言ってしまう人は、特に日本では敬遠されやすい。そういうことだろうか。あるいは、若くして漫画界の大御所になり、その後もトップランナーとして走りつづけているという、その偉大さゆえだろうか。
私自身も、一条先生として、いきなり紹介されたら、けっこうおどおどしてしまったかもしれない。ユキさんという友人をかいしての気楽な場面で出会えたことは、とてもラッキーだった。
以来、ゴハンだけでなく、コンサートにご一緒したり、雑誌で対談をしたり、彼女の隠れ家(ご自宅の御殿とは別)に遊びに行ったりと、楽しい時間を共有している。
そんな日々のなかで、最初にゆかりさんが言った「恐がる」の意味というかニュアンスというか、それも少しずつわかってきた。彼女の発言や行動は、天真爛漫と傍若無人の、ギリギリの境界をいくようなところがある。私から見るとセーフなのだが、人によってはアウトになることもあって、それが、ときに嵐を呼んでしまうのだ。
いつだったか、ゆかりさんと女優Sさんとが、大げんかをしたという話が聞こえてきた。その場面に居合わせなかったので、詳しいことはわからないが、逆に、二人が仲直りするところを、私は目撃した。
Sさん(少し照れながら)「ごめんなさいね、このあいだは爪折っちゃって」。
ゆかりさん(平然と)「いーの、いーの。爪なんて、ホラ、また生えてくるんだから」。
私「……」。
Sさんも、そうとう気性の激しい人らしい。ゆかりさんの爪を折るとは、いい度胸である。でも、再会した二人には、特に険悪なムードもなく、からっとしていた。あとくされのない、腕白な男の子同士のけんかみたいだ。
そんなゆかりさんだから、男性に対しても、実に率直に態度を表明する。ダメな人にはダメ光線を、気になる人には「好きです」オーラを、ばんばん出してアピールする。こんなところもまた、嵐を呼ぶ女になってしまう、ゆえんかもしれないが。
うまくいかなかった人も、うまくいきかけた人も、うまくいっちゃった人も、私はなんとなく知っている(といっても、ここ数年の話ですが)。はっきり言って、惚れっぽい人だなあと思うが、それは表現をする人間にとっては、美質なのだ。
「恋愛は、一生懸命仕事をした自分への、ごほうび」と彼女は言っていた。ごほうびであると同時に、次なる創造へのエネルギーでもあるのだろう。
(一条ゆかり著『有閑倶楽部』(集英社コミックス版)第5巻解説より抜粋)
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